演劇履歴

思いがけず秩父農工高校(現・秩父農工科学高校)の演劇部顧問となり、「演劇は優れた教育的装置である」という思いに至る。「集団」での創作過程の中で、人間がどんどん変わっていく・・・。33年間の活動の中で手に余る様々な学びがあった。これまでの主な活動場所であった「秩父農工科学高校演劇部」、同演劇部OB達によって結成され、現在も活動の主軸を担う「劇団天末線」の履歴と、退職後スタートしたプロジェクトの履歴。

秩父農工科学高校演劇部と天末線

昭和50年(1975年)
●秩父農工科学高等学校演劇部顧問となる
演劇に関しては素人だったので、自分で勉強し手探りで芝居を創った。

昭和55年(1980年)
●県中央大会に初めて出場し、優勝。関東大会に出場する。
以後4年連続で県中央大会で優勝し、特に昭和57年、58年連続して全国大会に出場する。
また、平成9年(1997年)まで、連続して県中央大会出場。

1年の活動の成果を地元秩父の人たちに報告するということで、市民会館を借り切って自主公演を始める。
以後退職(平成19年度)まで28回にわたって続き、地元秩父市民の冬の恒例行事になる。観客1500人

昭和60年(1985年)
●OBたちと劇団天末線を結成。
役者として初舞台を踏む。

昭和62年(1987年)
●全国大会(名古屋)に出場。文化庁長官賞受賞
●学校の中に全国でも珍しい演劇専用の多目的ホール(清心館)をつくる。
以後演劇活動の拠点になる。部員120名に達する。
●天末線の舞台、別役実/作「トイレはこちら」の役者体験を通じて、人間のコミュニケーションの深さとリラックスの大切さを掴み、以後生徒との関係、日々の授業の質も変わる。

昭和64年・平成元年(1989年)
●全国大会(倉敷)に出場、2回目の文化庁長官賞受賞

平成2年(1990年)
●全国大会(甲府)に出場
●全国大会2年連続出場、文化庁長官賞受賞などの教育活動に対して教育長表彰を受ける。
●脚本創作を始める。初めての作品(「勇気りんりん鈴の音」)で関東大会(長岡)に出場。
青年演劇創作脚本賞佳作を受賞。以後1年1作のペースで、通算18作に及ぶ創作作品を手がける。

平成5年(1993年)
●全国大会(浦和)出場、3回目の文化庁長官賞受賞

平成17年(2005年)
全国大会(八戸)出場

平成18年(2006年)
●全国大会(京都)出場、4回目の文化庁長官賞受賞

定年退職後から現在

平成20年(2008年)
●秩父農工科学高等学校を定年退職
●尚美学園大学 ライフマネジメント学科 舞台芸術/演劇 講師となる。
●尚美学園大学に「劇団SHOW」を結成する。
●演劇のお医者さん。若林医院を始める。
埼玉県高等学校演出研究会の講師の仕事を皮切りに、県外も含めて高校の演劇部を中心に、請われるままに芝居の出張教授を始める。

平成21年(2009年)
●尚美学園大学 ライフマネジメント学科 客員教授となる。
●「劇団400」を結成。
●「劇団トラアナ」を結成。
●全国高等学校演劇大会(三重大会)・審査員

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